ご覧いただきありがとうございます、うこうこです。
みなさん、ダウン症の“DSRD”って聞いたことはありますか?
日本ではほとんど聞いたことがないと思います。文献も数件しかありません。
その”DSRD”とはDown Syndrome Regression Disorderの略で、直訳すると
ダウン症の退行性障がい
となります。
つまり、いわゆる『ダウン症の急激退行』のことを指しています。
以前の記事でダウン症の退行現象の4つのタイプについてまとめましたが、その中の1つが「ダウン症の急激退行」でした。
その「ダウン症の急激退行」ですが、最近まで、専門家間でも共通認識がありませんでした。
そこで、2022年に世界の医療の専門家が集まって話し合い、DSRDの定義について定め、診断や治療のためのマニュアルを作成したのです。
Santoro, J. D., Patel, L., Kammeyer, R., Filipink, R. A., Gombolay, G. Y., Cardinale, K. M., … & Rafii, M. S. (2022). Assessment and diagnosis of Down syndrome regression disorder: international expert consensus. Frontiers in neurology, 13, 940175.
今回は、その会議で話し合われたことなどから、DSRDとは何か?についてまとめてみます。
DSRDとは?
まず、DSRDとは何か?について簡単にまとめると、
ダウン症の青年や若年成人(15歳程度〜30歳前)の、獲得されていた言葉・運動・日常生活・社会的なスキルが、数週間から数ヶ月の間に急激に低下したり失われたりする疾患のこと
をさします。
その状態も人によって多様であることが指摘されていますが、原因ははっきり分かっていません。
DSRDと同様の状態について、日本小児遺伝学会は「ダウン症候群における社会性に関連する能力の退行様症状」と命名し、診断の手引きを公開しています(日本小児遺伝学会HP)。こちらは2010年と2011年の日本の研究を参考に作成されており若干古いものになっています。後述するDSRDのチェックリストと比較してもざっくりとした診断項目になっています(食欲増進は対象ではなく、食欲不振しか対象になっていない等)。
最近では、ダウン症の研究でご存知の方も多い竹内千仙先生が2023年の小児医療のジャーナルの中で「DSRD」を新たな疾患概念として紹介されています。
症状の有無をチェックする
専門家の会議の内容をもとに、DSRDかどうかを判断するためにチェックリストがまとめられています。
全米ダウン症協会のHPに分かりやすくまとめられているため、そちらより引用します(おーくん父の翻訳です)。
直近の3ヶ月以内に以下の症状が頻繁に見られましたか?
(症状が見られた場合、”いつから始まったのか?”も各項目ごとに記載します)
❶行動の変化
□普段と比較して食事量が増加または減少
□錯乱または見当識障がい(人・場所・時間等がわからなくなる)
□不適切な場面で笑ったり泣いたいるする
□頻繁な気分変動、または幸福・悲しみ・怒りの急激な変動
❷思考や情報処理の変化
□目に見えるほどの感情や共感性の低下
□やる気や活力の欠如
□やるべきこと等を始められない、または終われない
□記録力の悪化
❸機能や社会スキルの喪失
□自食・排泄・着替えなどの既に習得していたスキルの喪失または悪化
□友人・家族・クラスメート・同僚との社会的交流の減少
□アイコンタクトの減少
□明確な目的のない手や体の動きを繰り返す
❹医師によって診断された新たな(てんかん様)発作または神経学的異常(脱力、ろれつが回らないなど)
□ある
❺睡眠障がいまたは不規則な睡眠
□ある
❻言語障がい
□発話の困難または読字および言語理解の困難
□言葉を話さなくなる、またはささやき声だけで話すようになる
❼不規則な動作
□動きの欠如(時に筋肉の硬直や強張りを伴う)
□動きが非常に遅くなる、あるいは今までとは異なる歩き方や走り方をする
❽精神に関する症状
□新たな不安の出現、または不安の悪化
□妄想(事実ではない信念)や幻覚(存在しないものが見えること)
□現実感の喪失(周囲から切り離された感覚)や離人感(自分自身を体の外から観察しているような感覚)
□物を並べる、一部の興味のある話題だけを話す、または日常の変化を受け入れるのが難しいといった強迫的な様子
□他者への攻撃や興奮(暴言や暴力など)
8つの項目のうち、4つ以上の項目に当てはまる場合は「DSRDの可能性がある」と判定され、7〜8の項目に当てはまる場合は「DSRDの可能性が高い」と判定されます。
DSRDの可能性があると判定された場合は、次の段落でまとめた「他の可能性を除外するための検査」を必要に応じて実施します。
そこで何も異常がないと示されなければ、「DSRDである」と診断されることになります。
他の可能性を除外するために行う必要のある検査
このDSRDですが、精神や身体の疾患によっても同じような退行の症状が引き起こされるため、そのような原因がないかを確認する必要があります。
主に以下の様な検査になります。
- MRI検査 ⇨脳の異常(変異、炎症、感染症等)がないか?など
- 血液検査 ⇨甲状腺の異常がないか?ビタミン欠乏症ではないか?など
- 尿検査 ⇨薬物接種や毒素の暴露がないか?など
- 腰椎穿刺検査 ⇨脳や脊髄の異常がないか?
- 脳波検査 ⇨脳の異常がないか?ビタミン欠乏症がないか?など
- 代謝検査 ⇨甲状腺の異常がないか?糖尿病があるか?など
- 睡眠ポリグラフ検査 ⇨睡眠時無呼吸症候群があるか?など
以上のような検査を通して、医学的な疾患がないことを確認したうえで、DSRDかどうかを判断していきます。
治療
治療について現時点で言えるのは
まだまだ「手探り」であり、詳細な治療のマニュアルは作られていない
ということです。
治療について、専門家会議で話し合われたことが全米ダウン症協会のHPにまとめられています。その内容を要約すると以下のようになります。
- 精神科医や神経科医、またはダウン症や退行に精通した医療者や専門家への相談を推奨する
- 退行の原因が身体的な疾患によるものであれば、そちらを治療することで退行現象は軽減する
- 薬物療法として、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬(依存性に注意)、抗うつ薬、抗精神病薬が使用される。免疫療法、電気けいれん療法が行われることもある。これらはDSRDの症状のコントロールによく使われる(根本的な治療とはいえない)。
ポイントは、DSRDには多様な状態像があるため個々の症状や状態に応じた治療計画を立てる必要があるということです。
まとめ
DSRDについて、専門家の会議で話し合われたことや、その内容を分かりやすくまとめている全米ダウン症協会の発信を中心にまとめてみました。
まとめていて感じたのは、
- DSRDは、診断や治療のためのマニュアルが確立しているとは言い難い
- これから共通に認識を持って取り組んでいくためのざっくりとしたガイドラインの様なものは作成したが、今後の知見の積み重ねが重要
という感じの印象です。
『スタートラインを決めてそこに立った』という感じでしょうか。
そのため、今後、いろいろな研究報告や動きが出てくることが予想されますので、情報が分かり次第、このブログでも発信していきたいと思います。
また、今回のDSRDに定義や対応については、心理師としての働いているおーくん父としてはいろいろと思うところがあります。そちらも率直な感想として次の記事にまとめてみたいと思います。よければそちらも見ていただけると嬉しいです。
最後までご覧いただきありがとうございました!