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ダウン症の“退行”
成人期になったダウン症の人に起こる、今までできていたことができなくなる状態のことを指します。
- 笑顔がなくなったり表情が乏しくなる
- 動きが遅くなったり少なくなる
- 身の回りのことができなくなる
- 会話が減少する
- 人を避けるようになる
- 感情の起伏が激しくなる
- 食事や睡眠が乱れる
等の状態が、じわじわと、または急激に現れます。
このダウン症の退行ですが、いろいろな原因や状態像が指摘されています。
そこで今回は、ダウン症の退行の種類について現時点で分かっているものについて整理してまとめてみたいと思います。
退行の大きなタイプは3種類
菅野(2004)によると、ダウン症の退行のタイプ分けをすると大きく3種類に分けられると述べられています。
そこに、他の研究論文の知見や僕自身の臨床経験等を踏まえて、もうひとつのタイプを加えた4つのタイプとして整理してみました。それが以下になります。
①身体疾患退行タイプ
②適応障がい退行タイプ
②精神疾患退行タイプ
③急激退行タイプ
大きくこの4つに分類できると考えます。
それぞれの細かい状態像についてみていきます。
①身体疾患退行タイプ
身体的な疾患(病気)が原因となって退行が引き起こされるタイプです。
- 早発型アルツハイマー
- 甲状腺機能低下症によって引き起こされるうつ病
その他の医学的な疾患としては、閉塞性睡眠時無呼吸、脳の炎症や感染、ビタミン欠乏、毒素の影響などが、退行を引き起こす要因として考えられます。(NDSS(全米ダウン症協会)のページより
②適応障がい退行タイプ
なんらかの要因によって周囲の環境への適応が難しくなり、そのストレスによって退行が引き起こされるタイプです。
- ASD(自閉スペクトラム症)の発達特性の影響
- 急な環境変化によるストレス(家族や支援してくれる人との別れ、卒業や進学など)
- 言語理解や社会的スキルの未習得や誤用による環境への不適応
ASDの人は環境変化に弱く状況理解が苦手であるため、生活のステージが変わると不適応を起こすリスクが高いです。よって、DS-ASD(ダウン症+自閉スペクラム症がある人)の人は変化が大きなストレスとなり退行を引き起こすケースがあります。
また、ダウン症の人は「物より人への注目が強い」「愛嬌が良い」「ニコニコして可愛がられる」という特徴がある人が多く、その特徴によって周りの人に手厚く支援されてしまうことも多く、言葉や状況認識の力がつきにくく自己決定などの社会スキルが未習得のままとなってしまう人もいます。そのような状態で大人になって社会の場に出た時に、今までの「ご愛嬌で乗り切る」手段が通用しなくなり、ストレスを抱えて(他者に伝えられないので相談ができないため)退行してしまうケースがあります。
(社会スキルの未習得や誤用については、菅野先生や金野先生の論文に詳しくまとめられています。)
②精神疾患退行タイプ
精神疾患の発症が原因となって体高が引き起こされるタイプです。
- 統合失調症
- 緊張病症候群
- 不安障がい
- 強迫神経症
- PTSDまたはトラウマ症状
ダウン症の人は、精神疾患を発症するリスクが高いという研究があります。
また、ダウン症の人は自分の精神や身体の状態や考えを言葉にして上手く伝えられる人は少なく、初期症状に気づかれにくく、症状が進行して退行として表面化して初めて精神疾患が疑われるケースも少なくありません。
そのため、できるだけ周囲の家族や支援者が異変に気づいたら、早めに精神科につながり、専門的な評価や治療を受けていくことが重要です。
上記の精神疾患の最後の項目にありますが、ダウン症の退行が、トラウマ(いじめ・暴力・無視・不遇な扱い・からかいなど)となる出来事によるPTSD様症状によって引き起こされる可能性があります。この視点は、書籍や論文等ではほとんど言及されていませんが、後述する急激退行の原因としてもトラウマが原因となっている可能性があると考えています。
(愛知県中央病院の水野先生が指摘されています)
ダウン症の人のほとんど知的障がいであり言語の力が弱いこと(言語化して整理が困難であり相談できない)や、ダウン症の人で視覚的な記憶に長けている人が多いこと(トラウマ体験が記憶に残りやすくフラッシュバックが起こりやすい)から、ダウン症の人はトラウマを抱えやすいと考えられます。
ちょっとした不遇な扱いやからかいなども、状況理解や言語化による整理ができずに、不安や恐怖を喚起させる体験としてトラウマ化しやすいです。その様な体験が反復的に繰り返されても消化できず、溜まりに溜まって大きなトラウマ症状として表面化し、人との関わりや社会的な場面を回避するようになっていきます。
重症化すると、「解離」という記憶が抜け落ちたり、ボーッとする時間が増え動きが少なくなったり、フラッシュバックが頻発して理由もなく暴れたり叫んだりするようなことが出てきます。
また、次に後述する④の急激退行の特徴として、幻覚や妄想の出現、常同行動(特定の動きを繰り返す)の出現、固まって動かなくなる、頻繁な手洗いをする、といった様子が挙げられることがありますが、それらは③の精神疾患の症状にも当てはまります。本人が説明できないことも多いため、その鑑別はなかなか難しいことが多いです。
③急激退行タイプ
最後は、①〜③に当てはまらないけれど、20歳前後の時期に急に今までできていたことができなくなることがダウン症の人に稀に起こります。それは「急激退行」と呼ばれています。
海外では、DSRD(Down Syndrome Regression Disorder)と言われています。
この退行のタイプの原因は分からないと言われてきましたが、最近になり、免疫系神経や脳脊髄系の炎症が原因かもしれないといった説が出てきています。
その仮説に基づいた研究では、急激退行のダウン症患者にある免疫成分を静脈注射をしたところ、症状が改善されたという研究も海外で出てきています。臨床試験を担当している医師によると「ダウン症の人は1型糖尿病などの他の自己免疫疾患にかかりやすい体質であることが分かっており、脳も自己免疫疾患に罹りやすい体質であると考えるのは妥当である」とコメントされています(ロサンゼルス小児病院 サントロ医学博士へのインタビューより)
また、DSRDの人を調査したら20%の人に免疫調節遺伝子の新生変異が見つかったという研究報告も出てきています。全ての人ではないにしても免疫系を司る何らかの機能に異常があることが示唆される結果となっています。
そうなると、急激退行は遺伝子変異や自己免疫系の身体系の疾患に分類され、医学的な治療方法で改善することができるようになるかもしれません。
今後の研究動向に注目です。
まとめ
以上のようにダウン症の退行といっても多くの原因や状態像があるといえます。
そして、この領域における研究はまだまだ少なく、今後新たな知見が見出されることも考えられます。
ダウン症と発達特性との関連や、ダウン症とトラウマ症状といったテーマは興味深いテーマでありながらも、研究はごくわずかしかありません。
また、急激退行についても、免疫系の異常という仮説に基づいた治療方法も臨床試験が行われている段階で、はっきりとしたことはまだ分かっていません。
今回まとめてみた退行の色々な要因や状態像については、いくつかをピックアップして、詳細をまとめた記事を作成する予定ですので、そちらもご覧いただけたらと思います。
参考・引用文献
- 菅野淳(2004):退行を示した青年期・成人期知的障害者に対する地域生活支援と社会参加の促進に関する研究 -退行の類型と予防-, 発達障害支援システム研究, 4(1・2), 35-46.
- 金野楓子(2019):ダウン症候群の社会性の特徴について, 発達障害支援システム研究, 18(2), 115-122.
- ダウン症のある成人の健康管理 愛知県医療療育総合センター中央病院 小児内科 水野誠司